そもそも人間はなぜ睡眠が必要なの?
このようなことを考えたことはありませんか?
私は別に考えたことはありませんでしたが、友人に「なぜ寝る必要があるの?」と聞かれたことがあり、正しい答えを知らなかったので答えることができませんでした。
確かに、人生の3分の1の時間は睡眠に費やしていますが、そこまで重要な理由というのはよくわかりません。
睡眠には記憶の整理や感情の調整といった多くの役割があり、脳だけでなく、体温調節、免疫システムなど体のあらゆる機能にとって重要であることが過去の研究からわかっています。
しかし、「なぜ人は眠るのか?どうして眠るようになったのか?」ということは現在でも謎に包まれたままなのです。
ですので今回は、「睡眠の起源」は一体何なのかということについてのさまざまな仮説をご紹介したいとも思います。
では、早速ですが本題に入っていきたいと思います。
睡眠の怠惰理論
「なぜ生き物は眠るのか?」という疑問について、まず検討していくのは「食事を終え、天敵もいなくなり、交尾のタイミングでもなく、スケジュールが空いたために動物は数時間にわたって意識を手放す」という、いわば睡眠の「怠惰理論」と言われるものです。
怠惰とは?
「怠惰」というのは、「すべきことをなまける様子」を表す言葉です。
面白い理論ですね!
面白い理論ですが、基本的に眠っている動物は眠っていない状態よりもはるかに敵に襲われる可能性が高いため、生き物にとって睡眠は例え1日数時間であっても不利な行為です。
そのため、怠惰理論を「なぜ生き物は眠るのか?」という問いの答えにするのは不合理と言えます。
また、眠ることでエネルギー消費を抑えているという説も存在します。
この2つの状態を比べると、微々たる差しかないため、この説明も合理的な説明ではないと言えます。
レム睡眠について
ノースウェスタン大学のRavi Allada(ラヴィ・アラダ)教授によると、「眠り」を識別する要素で最も重要視されているのが下記の4つになります。
人間は他の人や犬・猫の睡眠を識別できても、ハエやミミズの睡眠は識別できませんが、上記の要件を使えば、ハエやミミズであっても「眠っている」と断言することが可能です。
現在、地球上の多くの生き物がこの要件を満たして「睡眠」をとっています。
眠りにはレム睡眠とノンレム睡眠が存在しますが、先史時代の生き物はノンレム睡眠しか取らず、その後になぜかレム睡眠を取る生き物が現れたのです。
恐竜の栄えた中生代には既に存在したと言われているカモノハシもレム睡眠を取ります。
つまり、2億2000万年前の地球で生きていた初期のほ乳類もレム睡眠をとっていたという可能性があるということです。
同時期に生息していた恐竜は絶滅しましたが、一部の恐竜の子孫である鳥もまた、ほ乳類と同じくレム睡眠をとります。
このことから、レム睡眠はほ乳類と鳥類に起源すると考えられています。
では、なぜレム睡眠が生まれたのですか?
その質問に対して、レム睡眠の発生は進化の副産物だという説もあります。
ほ乳類の先祖である単弓類とハ虫類の先祖は同じ有羊膜類です。
もともと有羊膜類は昼間に活動していましたが、恒温性を獲得してくことで夜行性の動物へと進化します。
夜行性の単弓類は昼間に数時間の睡眠を取り、夜に活動することで捕食者や強烈な日光から身を守っていましたが、一方で神経メカニズムは進化前のままでした。
つまり、有羊膜類はもともと
この2つの時間帯があり、単弓類の脳にはこれらの先祖から受け継いだ脳のパターンが存在し続けたわけです。
脳の進化によって実際の行動には変換されないものの、有羊膜類がじっと体を温めている時の脳の状態がノンレム睡眠に、昼間の活動がレム睡眠として受け継がれたため、体が麻痺を起こし、それが「夢」として現れたとのこと。
ただし、この「進化の副産物としてレム睡眠が生まれた」というに説は賛否両論があります。
レム睡眠の発生は脳の発達によるもの
ノンレム睡眠の際に人の脳が休息状態になるのとは反対に、レム睡眠の最中、脳は活性化します。
レム睡眠の間、脳はさまざまな処理を行います。
記憶に関するものはもちろん、感情の調整も行っていると言われています。
また、心理学者のRosalind Cartwright(ロザリンド・カートライト)氏は離婚を原因とする「うつ」の兆候がある人々が見る夢について調査しました。
上記の研究結果から、「ほ乳類や鳥類だけがレム睡眠を取る」のは進化の過程で起きた「恒温性の獲得」が理由ではなく、社会的にも認識力的にも発達しているからだと考える研究者もいます。
動物の多くはレム睡眠を睡眠全体の10~15%しか取らないのに対し、人間は睡眠のうち25%ほどがレム睡眠なのは、人間の社会的な相互作用が複雑であるためだとのこと。
ノンレム睡眠の起源
ノンレム睡眠の起源として考えられているのが、「脳の洗浄作用」に起因するものです。
脳の神経細胞の間にはシナプスが存在し、神経伝達物質が放出され受容体に結合することによって情報伝達が行われています。
神経伝達物質はシナプスの中で構築されていくのですが、時間の経過とともに「渋滞」が起こります。
2012年、脳の中に「Glymphaticシステム」と呼ばれる洗浄のメカニズムがあることが発見され、2013年にはGlymphaticシステムがノンレム睡眠の時に活発化することが判明しました。
Glymphaticシステムによって「洗浄」された溶質の中に何が含まれているのかはまだ解析されていないそうですが、研究者の中には「溶質の中には神経伝達物質が多く含まれているのでは」と仮説を立てている人もいます。
もしそうであれば、「なぜ不利な点が多いにもかかわらず生き物は眠るのか?」という謎に、「神経伝達物質を洗い流すため」という合理的な説明がつくのです
ただし、「『眠り』のシステムが先に発達し、副次的に脳が『洗い流す』システムを得た」という可能性もあります。
睡眠の起源を解明するため、現在はクラゲなど原始的な生き物について調査されるとともに、「じっとする」「活動する」という2つの時間帯を持つ単細胞の生き物が眠りの起源を解明するヒントになるとして研究が行われているとのこと。
一方で、上記の考えは全て「眠りは、起きている間にストレスにさらされた私たちのシステムを修復する」という発想に基づいており、スタート地点が間違っている可能性ももちろんあります。
「睡眠が大切ならば、なぜ私たちは起きなければならないのだ?」と逆に考えることも可能であり、「睡眠の起源」がまだ多くが謎に包まれている以上、「眠っている状態がまず存在し、進化の過程で生き物たちは覚醒してきたのだ」という一聴すると馬鹿げていると感じられる仮説も、完全に否定できるわけではありません。
人生の3分の1も睡眠が必要?
1日の平均睡眠時間が8時間だとすると、人間は人生の3分の1を睡眠に費やすことになります。
これは、90歳まで生きる人であれば、人生の30年分は眠っているという計算です。
いったいなぜ人はこんなにも眠りを必要とするのでしょうか。
2000年に、ハーバード大学で睡眠を研究しているロバート・スティックゴールド氏は、3つのグループに対して1日7時間、合計3日間にわたってテトリスをプレイしてもらう実験を行いました。
彼らは「テトリスが何か」もわからない状態なので、「自分たちが何の夢を見ていたのか」もわかっていない状態でしたが、その話に出てきた物体の形状はテトリミノの形と一致しており、時には、テトリミノが隙間に入るために回転するところまで夢に出てきたと証言しました。
さらに、テュービンゲン大学の神経生物学者ジャン・ボルン氏、ウルリッヒ・ヴァーグナー氏は、睡眠が「記憶の統一」だけではなく「記憶の選択」のメカニズムも備えていることを明らかにしました。
ボルン氏らは実験で、一群の人々に複雑な数学の問題を出しました。
実は、簡単な解法が示されているのですが、多くの人が気付かず、問題を解くことができませんでした。
参加者は8時間後に再テストを受けましたが、グループのうち半数は眠りを挟んでの挑戦、半数は眠らずに挑戦しました。
このことから、睡眠は脳内情報の処理・学習・抽出などをしているとも考えられます。
睡眠中、いろいろな機能をこなしていると考えると、1日に数時間の睡眠というのは妥当な数字なのかもしれません。
認知症の初期症状として睡眠障害があることが知られており、また、睡眠時間をコントロールする遺伝子のうちいくつかは統合失調症との結びつきが判明しています。
かつての認識とは正反対に、睡眠は体に有益なものであり、むしろ睡眠不足こそ体に悪いものなのです。
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